但馬で働く人たちWORKER

製造業

但馬ティエスケイ株式会社たじまてぃえすけいかぶしきがいしゃ


先輩社員に聞いてみた

金属課切削係 班長
坂口功貴 (左)
(2013年入社=久美浜高校卒)
生産技術課Ⅰ係
山田忍 (中)
(2016年入社=八鹿高校~龍谷大学卒)
出荷管理課金属出荷係
宮村緒美 (右)
(2019年入社=但馬農高卒)

みなさんの学生時代は?

(坂口)京丹後市の久美浜町出身です。高校時代はサッカー部でしたが、それほど強い部ではなかったので、まあ趣味程度に楽しんでやっていました。また、民宿でアルバイトもしていました。卒業にあたっては、進学するよりは早く自立したかったですし、都会にあまり魅力を感じなかったので、地元で就職することにしました。

(山田)出身は養父市です。高校時代は陸上部で、長距離を走っていました。3000m障害という、コースの中に水濠(水たまり)がある変わった種目にも出たのですが、但馬にはその障害コースが無く普通に「3000m」として行われていたので、県大会でいきなり水濠でズブ濡れになってひどい目にあいました(笑)
大学では理工学部で電波を通す材質について研究していました。ソフトボールのサークルにも入って活動していました。

(宮村)出身は豊岡市の日高町です。高校では生活科で、野菜作りや、料理を作ったり、パンを焼いたり、いろいろ楽しかったです。卒業後は、やってみたいこともあったのですが、学費のこともあるしあまり現実的じゃないなと思って、地元で就職することにしました。

みなさんの就職活動は?

(坂口)高校時代の民宿でのバイトを通じて、サービス業の楽しさも知っていたのですが、一生の仕事と考えたらモノ造りの道に進もうかと思いました。もともとプラモデル作りも好きだし、細かい作業は割と得意なんですよ。京丹後では工場系の仕事の求人があまりなかったので、但馬にも範囲を広げて探しました。同じモノ造りの世界でも、今の職場の切削工場では手加工でモノ造りをできるので、自分に合っている気がしてこの会社を選びました。

(山田)最初は但馬に帰ってくる気はなくて、京阪神を中心に活動していたんですよ。どうしても住んでいた京都が起点になるので…で、実際に内定をもらった企業もあって、それを親に報告したら「あんた、一人で朝起きれるん?」と。当時は朝起きるのが本当に苦手で、寝坊で試験を受けられなかったこともあったくらいで…確かに、これは無理だと思って、すぐに内定をもらっていた会社に断りの連絡を入れて、但馬で就職活動をやり直すことにしました。合同企業説明会でこの会社のことを知って、それで入社しました。なお、今は朝もちゃんと起きられます(笑)

(宮村)自分の性格的に、あまり接客業なんかは向いていないと思ったので、工場でのお仕事を中心に就職先を探しました。いくつかの工場を見学させてもらったんですが、ここの雰囲気がよかったのでここに就職しようと決めました。

坂口さんの今のお仕事は?

(坂口)金属を切ったり削ったりして、いろいろな部品を造っています。自動車とかトラクターとか、種類は多岐にわたります。海外の消防車や地下鉄の部品はかなり大型のものですし、スキー場のリフトの部品なんかは主に夏場に注文が入るので、工場の中での仕事とは言ってもけっこう季節感を感じたりするんですよ。
今は「班長」という立場なので、生産管理も担当しています。部品を自分で造るだけじゃなくてパソコンに向かっての作業もあるし、部下の意見も聞かないといけないので大変です。部下といってもほとんどが年上の方なので、よけい気を遣います…。

山田さんの今のお仕事は?

(山田)現場が使う設備や機械の保全です。工場では毎日どこかで何かいつもと違うことが起きるので、日々に変化があって飽きないです(笑)。
工場で使っている機械そのものは購入するのですが、それに付随する設備は自分たちで設計から作っているんですよ。そういった設備作りも担当しています。
新設備の導入作業が忙しい時に限って、工場の設備の修理の仕事が入ったりして、大変です(笑)。

宮村さんの今のお仕事は?

(宮村)注文に応じて部品を梱包して発送する作業を担当しています。入社して4年間ずっと担当しているので、袋詰めもずいぶん早くできるようになりました。ゴールデンウィークやお盆・正月など、まとまったお休みの直前には注文が大量に入るので、残業になることもあります。

この会社に入って良かったことは?

(坂口)給料や残業代などの待遇面ももちろん大きいんですけど、あとは家庭的なところですかね。一番びっくりしたのはクリスマスケーキが全従業員に配られることです。あと、会社に届いたお中元やお歳暮も、大抽選会で従業員に配られるんですよ。

(山田)ケーキは私もびっくりしました。とにかくこの会社にはイヤな人がいないので、人間関係で悩んだことがないです。上司でもどこでも気さくにしゃべってくれるので、こちらからも話しやすいです。

(宮村)人がいいというのは、私も感じます。女性が多いので、話しやすいです。あと、自由な雰囲気なのでネイルとかしておしゃれしていても何も言われないのもいいですね。

上司から一言

坂口さんは、困難があってもそれに立ち向かい、根気強く日々の生産活動をしてくれています。また、班長の仕事にも前向きに取り組んでいて心強く感じます。若手社員にもチームワークの大切さと粘り強く作業することを教えていってほしいと思っています。
山田さんは、現場からのリクエストをしっかり理解し、臨機応変に対処してくれています。また、課内での困りごとにも積極的に取り組んでいます。今後は後輩の指導ができるようさらなるスキルアップをめざしてほしいです。
宮村さんの仕事は、一つの作業が終わると自動的に次の部品が流れてくるので時間との勝負になる厳しい部署ですが、よく成長してくれて、出荷管理課には欠かせない存在です。他の若手社員の見本となっていて、今後も大きな期待を寄せています。

後輩たちへのメッセージ

(坂口)自分のやりたい道を選んでほしいです。最近の若い世代の離職率が高いといわれていますが、結局イヤイヤ仕事していても続かないんですよね。就職するにしても進学するにしても、自分のやりたいことをちゃんと選んで、その道に進んでいってほしいと思います。
(山田)就活の時にはいろいろサイトを見て、初任給とか条件をチェックすると思うんですが、正直それでは会社のことってわからないと思います。実際に入社してこれは違うなと感じたら、早く辞めた方がいいと思います。もちろん安易に辞めるのはよくないですが、譲れないことがあるのであれば、イヤなことをずっとダラダラやっているよりも、その先の長い人生のことを考えて、辞めることを怖がらない方がいいと思います。
(宮村)後悔しないような生き方をしてほしいです。実は私、高校を卒業するときにネイルの学校に行きたかったんですよ。その時はいろいろ悩んだ末に諦めたんですけど、今考えたら行っておけばよかったと、ちょっと後悔しています。若いうちは悩まずに、やりたいと思ったことをすぐに行動に移してほしいですね。

取材を終えて

クリスマスケーキの話は、取材していてもびっくりしました。他のエピソードも含めて、とても家庭的で自由な社風がうかがえました。一方で山田さんの「朝が苦手だから但馬で就職した」という話も、なかなか驚かされるエピソードでした…


但馬ティエスケイ株式会社

「小さな部品で世界を動かす」

弊社は昭和48年(西暦1973年)8月に創立以来、一貫して自動車や二輪車等に使われるリモートコントロールケーブル(遠隔操作システム)の部品製造に携わってまいりました。その種類は金属、樹脂、ゴムと多岐に及び、約7,800点、月2,300万個の生産を行っています。特に金属部品は塑性加工により通常の切削加工方式より高品質な、より安い部品を造ることが出来ます。樹脂、ゴムにつきましても、それぞれ独自のノウハウを駆使したモノ造りを行っており、今やその用途は電機、建設、医療分野にも大きく拡大、展開されています。
私たちは卓越したノウハウをもとに、これからも新たな課題に挑み、高品質で、より安い、モノ造りに積極的に取り組みます。そしてこの仕事を通じて、人々の為、地域社会の為に貢献して参りたいと思います。